クローズアップ藝大では、国谷裕子理事による教授たちへのインタビューを通じ、藝大をより深く掘り下げていきます。万博体育APP官方网_万博体育manbetx3.0の唯一無二を知り、読者とともに様々にそれぞれに思いを巡らすジャーナリズム。月に一回のペースでお届けします。
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第十四回は、音楽学部器楽科(オルガン)教授の廣江理枝先生。オルガニストとして、コロナ禍前までは日本とヨーロッパを行き来して演奏活動を行っていました。令和3年5月、奏楽堂ホワイエとレッスン室にてお話を伺いました。
【はじめに】
藝大のホール、奏楽堂で行われる入学式、新入生の歓迎はまず荘厳なパイプオルガンの音色で始まる。演奏は藝大唯一のオルガン教授、廣江理枝先生。ホールの舞台正面にそびえるパイプオルガンはその存在も音色も聴く人々を圧倒する。
パイプオルガンとはどんな楽器か。たったひとりの演奏者が大きなホールを音で満たすことが出来るこの楽器には、手鍵盤と足鍵盤があり、オルガン奏者は両手両足を自由自在に使って鍵盤を押し、またオルガンの横に備わっているいくつものストップと呼ばれるレバーから出したい音色の組み合わせを選ぶ。管楽器系、弦楽器系、あるいは人の声や天上の声とされる音色もある。奏楽堂のオルガンには76のストップ(音色)と5380本ものパイプが備わっていて、オルガニストはオーケストラ的なことをひとりで行うのです。
身近な楽器とは言えないパイプオルガンに廣江先生はどのように出会い、大学卒業後、本格的に取り組み始めてから、どのようにしてアジア人で初めてフランス?シャルトル大聖堂国際オルガンコンクールで優勝するなど国際的に高く評価されるオルガニストとなられたのかを伺いたいと思いました。
国谷
コロナ禍になってから、廣江先生の日々の活動へはどのような影響がありますか?
廣江
去年は演奏活動の場はかなり少なくなりました。でも学内の演奏会が全てストップしたときに、最初に再開したのはオルガンの演奏会でした。オルガンはひとりで弾けるし、客席まで遠いし、反対側を向いているから飛沫は飛ばない、究極のソーシャル?ディスタンス楽器なんです(笑)。半分冗談ですが。
教育活動という意味では、オルガンは他の楽器以上に大学に来ないとレッスンができないので、まだ他の科の学生がリモート授業すらできていない時から対面での授業を始めていました。オルガンはあまり制約を受けることがなかったと思いますが、楽器によって全然事情が違うので…。
国谷
そうですか。でも芸術にとっては逆風です。
廣江
そうですね。とにかく人を集めて演奏会をするのが難しい。でも、それだけにありがたみを本当に感じますね。奏楽堂で去年何回か演奏をさせていただきまして、1回目は8月に行われた「学長と話そうコンサート『和樹の部屋』」での澤和樹学長、さだまさしさんとの共演でした。あのときは200人ぐらいしかお客さんを入れることができなかったんですけど、「1000人入っていますか?」っていうぐらいの拍手で、本当にびっくりしました。皆さん喜んでくださったんだなって。その後に行われたコンサートでも、お客さんが待ち望んでいたということが手に取るようにわかりました。
これは弾く人も聴く人も皆さんそうおっしゃっています。芸術は意味が無いものではなく、むしろその逆だということを、このコロナ禍で証明できたって。その後をどうつなげるかを考えて行かなくてはいけないですね。
国谷
今年の2月に松本で行われたコンサートはチケットが完売になったそうですね。
廣江
数が少ないから完売になるんです(笑)。そのときは定員の半分だったかな。それが早々に完売になりました。
そのコンサートで、涙ぐんで帰られた方がいたとか。それはオルガンが良かったとかじゃなくて、こういう、集まれない、出かけられないという状況で、他のお客さんと一緒に音楽を聴けたことを、「なんて素晴らしことなんだろう!」ってあらためて感動されたんだと思います。そういう気持ちを忘れないように、芸術が生きていけるような環境を整えていけたらいいなと思います。
国谷
3月にはCD『バッハ讃 ― J.S.バッハ: 青年期のオルガン作品』を出されました。バッハはオルガンにおいては本当に天才的な作曲家で、バッハに始まってバッハに終ると解説に書かれています。
廣江
私たちはバッハを避けては通れない。こう言うとネガティブに聞こえるかもしれませんが、当たり前に弾くレパートリーなんです。でもレッスンで一歩引いたところから見ると、やっぱりすごいなって思わされるところがたくさんあります。
例えば、今回のアルバムは初期の作品ですが、そのなかに「パッサカリア」という曲があります。後にロマン派時代の音楽学者のグリーペンケルルが、まだそんなにバッハ研究が進んでいない頃に、「この曲は資料的には初期に作られたようだが、あり得ない」と評した作品です。晩年のライプツィヒ時代の作品と思わせちゃうような出来具合なんですね。
それと、バッハの作品はひとつひとつ全然作風が違っていて、似ているものが無いんです。普通だったら、1回うまく行ったら次の曲も似たような感じにしてやろうと思いますよね。でもそれが無いんです。形式からしても本当にバラバラで、ひとつひとつが面白い。他の作曲家の作品は、巨匠と呼ばれるような人でも、作風などが似ています。
国谷
オルガニストからそうやって解説していただくと、面白いですね。
廣江
実は「パッサカリア」は今回いろいろいきさつがあって、録り直しをしたんです。奏楽堂のオルガンで演奏したんですが、スケジュール的にもコロナ禍だから録り直しができたようなものです。
「パッサカリア」の最後のほうはフーガになっていますが、フーガって主題が必ずあって、主題と組み合わされる対主題というものがある。それにバッハらしからぬ、バッハの時代だったらここにスラーは付けないんじゃないかと思われるスラーがあって、常々変な感じがしていたんです。今回、CDにするので調べたところ、現存している20以上の資料のなかで、3つしかスラーが書いていなかった。これは何かの間違いでスラーが付いてしまったのだと思って、スラーなしで弾いて録音しました。それで、夏中かけてそれを論文にまとめることになった。いつもだったら夏休みはドイツに行って演奏会ばっかりやっていたから、これもコロナ禍だからできたことです。そうしたら最終的には、51対49ぐらいで、そのスラーはバッハが書いたんだろうっていう結論に達してしまい、「申し訳ありません!」とお願いしてもう一度録音させていただいたんです。そういう訳で私にとっても思い出深い曲です。
国谷
そんなことがあったのですね! もう一度聴いてみます(笑)。
国谷
オルガンを学んでいる学生は何人ですか?
廣江
学部生は昔は1学年に3、4人が普通だったのですが、段々減ってきまして、1、2年が3人ずつ、3年がゼロで4年が1人、大学院生は9人です。
国谷
減っている。オルガンが学生たちにとって遠い存在になったのは、どういう理由だと思われますか?
廣江
第一に、オルガンに限らず音楽を志す人が少なくなってきているとは思います。音楽学部を受験する人数も減っていますし。そういう単純な考え方以外に、オルガンって他の楽器以上にマイナーというか、どこにでもある楽器ではなく、どこでも知り合える楽器ではないことも理由のひとつかと思います。
90年代以降、コンサートホールにオルガンがすごく増えて行って、コンサートホールでオルガンスクールを開いたり、そういう啓発活動はすごく盛んにやっていただいていて、オルガンを知っている人は増えてきています。でも、専門を志そうと思っても、ピアノのようには家に置けないし、どこで練習するんだろう、将来どうするんだろう、という不安があるのではないかと思います。全般的に見て音楽の世界を志す人が減っているなかで、オルガンはさらに特殊な事情があるのです。
国谷
オルガンは紀元前からスタートして、ローマで格闘技の応援に使われたり、いろんな歴史がありますけれど、やっぱりキリスト教やヨーロッパの文明?文化との関わりが強いイメージです。日本でオルガンが定着するうえでの文化的な壁みたいなものは感じますか?
廣江
そうですね。宗教的な楽器だということはやはりひとつ大きいかもしれないですね。ただそれは、先ほどコンサートホールの話をしましたけれど、コンサートホールって全然宗教色が無いんです。そういう宗教色の無い場所でオルガンをに出会う人が多いので、「オルガン=クリスチャンの楽器」と考える人は、ヨーロッパほどは日本にはいないかなと思います。
これは実はロシアでも同じような状況です。ロシアは一応キリスト教国ですが、ロシア正教の教会にはオルガンは無くて、コンサートホールとかロシア正教以外の教会にオルガンがある。演奏会としてのオルガンはすごく人気があって、宗教的なことではなくて音楽として楽しむことが定着しているようです。日本もその路線で、こだわらなくていいというような、寛容な捉え方をされている気がします。
国谷
どのように文化的な壁というものを考えていけばいいのか?
廣江
難しいですね…。私たちが演奏しているレパートリーは、あの時代にこういうふうに作られ、そして演奏されていたということは、やっぱり厳然としてあります。それはわかった上で弾かなくてはいけない。
でも一方で、エンターテインメントとして弾いたっていい気もしますので、あまりこだわらずに楽しんでいただきたいという気持ちで啓発活動していきたいと思います。
国谷
日本においてオルガニストとして生きていくことの難しさを、学生たちはどうやって乗り越えて行ったらいいのでしょうか?
廣江
これも難しい…。オルガンだけじゃないですけれど、やっぱり仕事が無いんですね。オル